2022/12/03
涙も枯れる、というが、人生には本当にそんな瞬間もあるように思う。 気持ちが追いつかない、心が止まる、とでもいおうか。 そんな状況に陥った時に、願わくばそうなる前に、“その人”の周りにその想いを分かち合える環境があればいいのだが。 それが例えどんなに小さな“場所”だとしても。 音楽のチカラ。...

2022/11/27
「負けない事・投げださない事・逃げ出さない事・信じ抜く事、駄目になりそうな時、それが一番大事」  それが大事 大事MANブラザーズバンド 僕と同世代以上ならばこの歌詞を覚えている方も多いかもしれない。 僕が21歳で会社を辞めることになった時、社内で唯一親身になってくれた上司がカラオケでよく歌っていたことを思い出す。...

2022/11/27
絵の仕事を専業にしてから今年で13年ほどが過ぎた。 退路を断つ、という言葉があるが、人が何か重大な決心をする時にはそんな瞬間もあるのかもしれない。 37歳だったその頃、たぶん僕の体調の状態は一番の底辺にあった頃だろうと思う。 当時生業としていた環境調査の仕事も、絵も、いよいよどちらの仕事も勤まらない状態に陥ってしまっていた。...

2022/11/21
人生の休み時間が終わり、再び“授業”が始まったという事だった。 しかし、この“冬”は実に厳しく長いものだった。 僕自身の心も身体も死にかけていた。 そして、いつも決まって思うことがある。 なぜ、自分だけがこんな不運に見舞われるのか、と。 ここからの話は少しスピリチュアルなものになってしまう。 苦手な方にはどうかご容赦願いたい。...

2022/11/20
30代の記憶が僕にはあまりない。 この頃の自分を象徴するイメージと言えば、寝床でフラフラになった自らの身体を横たえている姿だ。 頭重に頭痛、強度の眼精疲労、肩首の異常な張りと凝り、両足の異常なダルさ、むず痒さ、胃炎、胃腸の不調、息苦しさ、 身体を起こしていられない倦怠感、手足の冷え、息苦しさ、ブレインフォグ。...

2022/11/20
“21歳の自分”をやっとの思いで脱し、 しかしながら、つまずき、転び、2度3度と職を変えた後、僕は環境調査員として働き始めていた。 主に環境アセスメントでの鳥類調査などを請け負っては日々の糧を得ていた。 自分も既に20代の後半、生活も安定し始め、頑張ればアラスカを旅する資金さえも出来始めていた。 しかしながら、 絵が描けない日々が続いていた。...

2022/11/20
10分ほども立ち尽くしていただろうか。 その絵はジワジワと僕の内側へと入り込んできた。 当時僕はアルバイト生活の貧乏暮らしをしていて、 たまたま入った書店で見つけたその1万5千円程の画集にはとても手が届かなかった。 パラパラとベージを捲って行くうちに、1枚のハヤブサのページで手が止まった。...

2022/11/20
「一生というのは短いし、一回しかない。自分が出会ったこと、やりたいなと思ったことは絶対大事にして、 それをもっと好きになっていかなくてはいけない。さらにその気持ちを、時間をかけて育てていかなければならないと思う」 21歳の年の暮れ、 クリスマスムードで賑わう街角にただ一人、まるで場違いのような僕が書店に入ると、...

2022/11/20
『私たちが生きることから何を期待するかではなく、むしろひたすら、 生きることが私たちから何を期待しているかが問題なのだ』  ヴィクトール・E・フランクル たぶん、それぞれの人生にはそれぞれの困難や苦悩が予め用意されているものなのだろう。 それらを抜きにその人物を語れないかのような。...

2022/11/18
自分の身体の異変に気が付いたのは高校2年の冬だった。 いつも通りのスキーの練習中にそれは突然現れた。 左肩から腕にかけてが麻痺したかのように突っ張り、硬直したまま動かなくなってしまう。 最初はたまたまの不調のせいと簡単に流していたのだが、 それがだんだんと頻繁に、特に小回りターンやコブ斜面での練習中に頻度が増していくばかりだった。...

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